大判例

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名古屋地方裁判所 昭和47年(タ)40号 判決

原告

長田澄子こと

金澄子

右訴訟代理人

坂井忠久

被告

長田秀次こと

張菜秀

主文

一、原告と被告とを離婚する。

二、原告と被告間の長女張清子(西暦一九五五年二月一六日生)と二男張浩正(西暦一九六〇年九月二〇日生)の養育者を原告とする。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、その請求の原因として

一、原告と被告は、西暦一九五一年六月に婚姻届を了し、原被告間に、西暦一九五一年一二月七日長男張勝正が、西暦一九五五年二月一六日長女張清子が、西暦一九六〇年九月二〇日二男張浩正が出生した。

二、被告は、西暦一九六五年頃から全く働く意思なく、毎日競馬などの賭け事にこり、全然家族の面倒をみなかつた。そこで、やむなく原告が働いて家族の生計をみてきたが、被告は原告に対し再三暴力をふるい、原告の得てきた金銭を取りあげ、競馬に使い、生活能力がなかつた。

三、そこで、原告は離婚を決意し、西暦一九六六年夏から二年間被告と別居生活をし、西暦一九六八年秋、名古屋家庭裁判所に離婚調停の申立をした。ところが右調停は不成立となつたので、直ちに名古屋地方裁判所に離婚請求事件を提起したところ、被告が今後は真面目に働き暴力は絶対ふるわないと誓約したので、原告は子供もあることだし離婚を思い止まり、右訴を取下げ、西暦一九六九年一月から再び被告と同居した。

四、しかし、被告は右同居後も以前と同様全く働きに出ず、毎日賭け事にこり、再び原告に対し再三暴力をふるい、原告が働いて得てきた生活費を取りあげ、競馬に使い込む状態であつた。そこで、原告は三ケ月間被告と同居しただけで、西暦一九六九年四月から被告と別居し、子供三人を自己の下に引きとり、妹長田正子の営む飲食店に住込んで、生活をつづけている状態である。

五、右の次第で被告が再三暴力をふるうし、また働く意思がないし、何等家庭生活をかえりみないので、原告にこれ以上被告と婚姻生活をつづけることができない。

六、よつて、原告は、法例第一六条、第二〇条、第二一条および韓国民法第八四〇条第三号、第六号、第八三七条、第八四三条により、離婚および未成年の子長女清子と二男浩正の養育者の指定を求めるため本訴に及んだ。

と述べた。

被告は請求棄却の判決を求め、答弁として、

請求原因第一項は全部認める。原告と被告が結婚したのは西暦一九四九年一〇月である。

同第二項は否認する。

同第三項は誓約の点は否認するが、その余は全部認める。

同第四、第五項は否認する。

被告が原告に対しふるつた暴力は単なる夫婦喧嘩程度のものであり、とりたてて暴力というべきものではない。原告が住み込んだという妹正子名義の飲食店なるものは、本来原告の経営にかかるものであり、訴外正子は原告の従業員である。

もともと原告は、被告と離婚する意思など全くなく、円満な家庭生活を営む意思を有しているので、原告の請求を棄却されたい。と述べた。〈証拠略〉。

理由

渉外民事訴訟事件の手続については一般に法定地の手続によるものとせられているから、本件についても日本の離婚手続によつて解決すべきものであると一応解せられるところ、わが国の家事審判法第一八条第一項によると、およそ離婚などの人事訴訟事件の訴を提起するには、まず、家庭裁判所に対し調停の申立をしなければならず、その調停が不成立になつたのち、はじめて離婚の訴を地方裁判所に提起しうることとなつている――大韓民国家事審判法によると裁判上の離婚は丙類事件としてわが家事審判法と同様調停前置事件とされている(同法第二条、第一〇条、第一一条)――ところ、離婚につき以前調停がなされ不成立となり、地方裁判所に離婚の訴を提起したのち右訴が取下により終了している場合において、その後再び新たに離婚の訴を提起するに際しては、その離婚の訴について調停をへる必要はないものと解するのが相当であると考える。なんとなれば、旧離婚訴訟といい新離婚訴訟といつても、いずれも同一当事者の婚姻関係の解消という点においては同じであり、しかも一旦は調停手続をへて不成立となつているうえ旧離婚訴訟が取下により終了したのち当事者の離婚意思が合致すれば協議離婚であるのであるし(大韓民国民法第八三四条ないし第八三九条は協議上の離婚について規定している)、逆に当事者の一方が離婚に反対であれれば離婚調停が成立する見込みはうすいというべきであるからである。なるほど、調停の機会における説得と納得により、離婚調停が成立することが皆無とはいいきれないにしろ、成立の見込みのうすい調停の成立への努力という当事者の訴訟不経済と関係者の徒労の点を考慮すると、そのように再度調停に付しても調停の成立が多く期待できないものについて調停を強いる必要はないのである。かかる場合は、家事審判法第一八条第二項但書にいう「裁判所が事件を調停に付することを適当でないと認めるとき」(大韓民国家事審判法第一一条第二項但書にいう「法院が事件を調停に廻付することを適当でないと認めた場合」)に該当するものと解するのが相当というべきである。

ところで、本件離婚の準拠法は、法例第一六条により離婚原因たる事実の発生した時における夫すなわち被告の本国法であるところ、被告の本国は韓国であるから、本件離婚の準拠法は大韓民国民法ということになる。そうして、大韓民国民法第八四〇条によれば、「夫婦の一方は次の各号の事由がある場合には、法院に離婚を請求することができる。中略。三配偶者又はその直系尊属から著しく不当な待遇をうけたとき。中略。六その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。」というのである。

そこで、〈証拠〉によると次の事実を認めることができる(被告本人尋問の結果中認定事実に反する部分は右各証拠と対比して信用しない)。

原告は韓国全羅南道高興郡道陽面何也里に国籍の属する国における住所または居所(大韓民国戸籍法第一五条にいう本籍と解される)を有する西暦一九三一年一月一六日生れの女性であり、被告は同所に国籍の属する国における住所または居所(前同)を有する西暦一九二一年九月二五日生れの男性である。そうして、原被告は西暦一九五〇年一一月頃結婚式を挙げて名古屋市港区西倉町一丁目七番地において同棲し、その後半年位たつてから婚姻届を了し、日雇労務者相手の下宿屋をして生計を営んでいたが、原被告間に西暦一九五一年一二月七日長男張勝正が、同一九五五年二月一六日長女張清子が、同一九六〇年九月二〇日二男張浩正が出生した。被告は、大正海運という会社に勤めたこともあつたが、長つづきせず、岡崎、小牧、大阪などでパチンコ店店員をしたり、定職とみるべきものはなかつた。そうして、競馬、賭博にこり、酒をよく飲み、金使いが荒かつた。しかも、競馬でもうけても家族とともにそれを楽しむこともなかつた。そして、原告に金をせびることがしばしばで、原告が金を渡さないと暴力沙汰に及んだ。そうして、深夜包丁を原告につきつけたので、長男勝正がとめたこともあつた。こうしたことから、原告は西暦一九六六年夏から被告と別居し、四日市市で小料理屋を妹長田正子と営んで、身をかくしていたが、被告に発見された。そこで、西暦一九六八年秋名古屋家庭裁判所に離婚の調停を申立てた。右調停は不成立になり、直ちに名古屋地方裁判所に離婚請求の訴を提起した。ところが、被告が真面目に働くから帰つてくれと詫びたので、親や周囲の人から説得され原告は被告のいうとおり帰らないと暴力をふるわれると恐れ右訴を取下げ、前記西倉町の家に戻つた。その後、被告は、藤木という会社に勤めたが、給料を家庭に入れることもなく、三ケ月後に上役を殴り右会社を辞めてしまつた。そこで、原告はそれまでに貯めていた金一〇〇万円と被告の友人に借りた金五〇万円や両親から出してもらつた金を資金として名古屋市の今池にバー「サガ」を経営し、名古屋市千種区都通りにアパートを借りて生計を営んだ。被告の友人に借りた金五〇万円は間もなく返済した。ところが、被告は友人から金を都合したことを恩にきせ、しばしば原告のバーやアパートに来て競馬の金をせびつた。そうして、金を渡さないと暴力をふるい、また、バーに勤めているホステスを辞めさせてしまつた。西暦一九七〇年暮頃、その頃原告の住んでいたマンションに被告が金をせびりに来たので、原告は手切金なら出すといつたところ、被告がそれでよいというので、金一〇万円を渡した。その後、一月位たつて、被告がまた金をせびりに来たので、原告が手切金を渡しているからもう金は出せない旨答えたところ、被告は自分の乗つて来た自動車に原告を殴打したり、髪の毛を引つぱつたりして無理矢理乗せようとした。そこで、長男の勝正が被告を制止した。被告は原告に対しこのような暴力をたびたび行使し、原告が怪我をしたこともあつた。そのうち、妹正子が名古屋市の池下に寿司屋を営むようになり、「サガ」の経営も不振なので原告は寿司屋の手伝をし、そこに住込むこととし、バー「サガ」は西暦一九七二年八月から閉鎖した。その間、子供三人は被告と前記西倉町に住んでいたが、長男勝正が西暦一九六九年頃、長女清子が同一九七〇年頃、二男浩正がその後半年位たつて、原告の住んでいる右寿司屋に移り住んだ。そうして、成人に達した(大韓民国民法第四条は満二〇歳で成年となると定めている)長男勝正は愛知学院大学に在籍しながら寿司屋を手伝い、未成年の長女清子は瑞穂高等学校三年生、未成年の二男浩正は春岡小学校六年生として通学している。そうして、長女清子および二男浩正はいずれも原告と生活することを望み、その養育者として原告を指定するよう希望している。被告は傷害罪で起訴され、本件訴訟の進行中に懲役一〇月執行猶予三年の刑を宣告された。

そこで、本件を再び調停に付することなく、直ちに、本件離婚請求の当否について判断することとするに、右認定事実によると、原被告の婚姻は大韓民国民法第八四〇条所定の原告が配偶者たる被告から著しく不当な待遇をうけ、原被告の婚姻を継続し難い重大な理由があるものということができる。そうして、かかる離婚原因は、日本国民法第七七〇条第一項第五号に照しても婚姻を継続し難い重大な事由に該当するものと解せられる。

ついで、原被告間の未成年の子の監護者の指定の準拠法について考えるに、かかる監護の権利義務の帰属・分配の決定はまさしく離婚の効力に関する問題であるから、離婚の準拠法によつて決すべきところ、本件離婚の準拠法たる大韓民国民法第八四三条、第八三七条第二項によれば「前項の養育に関する事項(当事者間にその子の養育に関する事項)の協定がなされないとき又は協定をすることができないときは、法院は当事者の請求により、その子の年令、父母の財産状況、その他の事情を参酌し、養育に必要な事項を定め、何時でもその事項を変更し又は他の相当な処分を命ずることができる。」旨定めている。そうして、裁判上の離婚の場合は、当事者間にその子の養育に関する事項の協定がなされないとき又は協定をすることができないときに該当すると解せられるから、裁判所が右の諸事情を参酌して養育者を指すべきところ、前記認定事実に照らすと本件においては原告を未成年の長女清子および二男浩正の養育者とすべきことは明らかである。

よつて、原告の本件離婚等請求は理由があるからこれを正当として認容し、原告の原告を未成年の子の養育者と指定すべき旨の希望は相当であるからこれを容れ、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。 (丸尾武良)

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